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インド滞在記 ~エピローグ~

デリーに戻った最終日早朝、初日に泊まったホテルと同じホテルで目を覚ましました。


ここで、アグラー日帰りでタージマハルに行こうかとも考えましたが、昨日見たニューデリーのインド人チケット売り場が壮絶であったこと、観光地の客引きを相手にするのも面倒だと思い、デリー周辺を一人で気ままに見ることにしました。



歩いていて、人通りの多いところでは、何人ものオートリキシャが乗れ乗れと押し寄せてきます。


しばらく歩いていると風景はガラリと変わり、一般市民がのんびり生活している様子も見えてきました。
街の中心部、コンノートプレイスを訪れました。ここを起点に動こうと思いました。

一通りどんな所か観察、結構高級店が並ぶと書いてありましたが、なるほど、メインバザールの雰囲気とは全く違いました。ナイキやプーマなどのカジュアルなお店でも、入口に警備員が立っていました。


どこもインド人ばかりで観光客はあまり見かけませんでした。
ネパールでは中国人によく間違われましたが、ここではジャパニ、ジャパニと珍しそうにみんなが声をかけてきました。

カフェと書いてあったので入った場所は、なぜか高級クラブのような場所でした。昼間からガンガンに音楽が鳴り響き、綺麗な格好をした富裕層らしきインド人が集まっていました。

こりゃ完全に場違いだ…。

地下というより、中庭の木陰で静かにランチしたかった気分だったのに、ガンガンにかかった冷房で寒くてたまりませんでした。
とはいえ、丁寧に接客してもらったこと、人間しばらくしたら環境に適応できるもので、ゆっくり休むことが出来ました。


そこから、国立博物館を目指しました。のんびり歩いたり、信号のない道路を何方向かから来る車バイクを避けながら必死に渡ったりしました。
貧しくても笑顔が素敵な姉妹をみて微笑ましく眺めていました。

交差点で二台のリキシャーにハイエナのようにしつこく付け回され、ノー!ノー!!いらないんだよ!付いてくんなバカヤローと日本語でキレてました。
マイフレンド、今日はまた仕事がないんだよ~とか言ってきて、知るか!!と思いました。

ふー、すでに暑さとインド人でクタクタになりながらも、ようやく博物館に着き、日本語のガイドテープを聞きながらゆっくり回りました。


一箇所、中国人?アジア人の団体が、ある展示品の周りをお祈りしながら歩き、正面では、頭を床にひれ伏しお祈りをしていました。

テープガイドによると、ここはある人達には巡礼の地とされていますとのこと。
なんと、釈迦の遺骨が納められていました。


お祈りの習慣のない日本人の私、凄いことだと思いながら、うわべだけの見学することしか出来ませんでした。

そこから少し離れたインド門まで歩いて行きました。
とても立派で美しい門でした。


写真を撮っているとヘナアートをする女の子に声をかけられました。
先ほど博物館の受付の女性が両手いっぱいにヘナをしていて綺麗ですね!といったらそこの場所を紙に書いて渡してくれました。きっと私は辿りつけないし、仕事がら掌にはちょっとと思っていたところに現れた女の子。
少し興味をみせた私ですが、いらないよと断りました。
しかし、興味を少しでも見せてしまったのが悪かった。なかなか引き下がりません。
ちょっと待ってて、と声をかけインド門の写真を撮り終えた後、腕に一箇所だけしてもらうことにしました。やっている所に、別の子が片方の腕に書こうとし始めたので防御、その子も描き終えて、すぐ手の甲に移動しようとして、お金は?と聞くと、一箇所50ルピーね、もう一箇所なので合わせて100ルピーだけだよと悪びれず言ったので慌ててストップかけました。
先ほどの博物館でも言わないとお釣りを渡そうとしないし、ほんと油断ならない人達です。


疲れもピーク、迷いながら元のコンノートプレイスに戻りました。
中心部が芝生スペースになっていたので、中に入りました。

先ほどのショッピングモールもでしたが、ここもセキュリティチェックが入りました。

中では、地元のインド人が楽しそうに芝生の上に座っていました。
ずっと気になっていましたが、インド人は男性同士が非常に仲が良いです。手を繋いだり、肩を組んだり、楽しそうに微笑む姿はまるで恋人同士です。

歩き疲れたので、芝生の上に大の字に寝転がりました。
この一ヶ月の旅のことを思い出しながら、最後の夕日を眺めました。



一息ついたら空港へ移動。起き上がった辺りから急に天候が変わりました。辺りは急に暗くなり、砂嵐のようでした。
視界が悪くなり、帰る方向が分からなくなりました。
すっかり暗くなっても、円形になっているその場所がまるで迷路のように感じ、しばらく抜け出せませんでした。

ようやくニューデリーのメトロに到着、エアポートメトロに乗り込みました。行きの時も思いましたが、かなりガラガラでした。
ニューデリーの駅と大違いです。
あまり需要がないのでしょうか?


前日駅の荷物預り場所に預けていた荷物を取りに行きました。

ここで、最後のクエスト発生です。

追加料金のルピーがたった10ルピー足りないのです。
そのことは予想出来ていて、ATMで下ろそうとしたのですが、10台くらい試しても一向にお金が出て来ず、諦めるしかありませんでした。

他に色々探すも5ルピーの硬貨、1ドル紙幣しかありません。

ドル紙幣を差し出してもここでは両替出来ない、きっちり払わないと荷物を返すことは出来ないと相手は頑固です。私も荷物が出せないと帰れない!ATMで下ろせなくて、どうしようもないの!!と叫び訴えました。

しかし、インド人何人かが集まって話していますが、10ルピー出さないことには前に進めそうにありません。仕方がないので、空港でドルを両替することにしました。

空港の入口のセキュリティで、荷物が少ないようだけど?と声をかけられました。駅のクロークに預けていて、ルピーが足りないから両替に来たと言うと、それは困ったね、一度中に入ると出られないんだよと言われました。
そんなこと言われても、私は10ルピーが必要なんだ!!訴えて続けました。すると、仕方ないね、通してあげるけど、必ずここに戻ってくるんだよ、他のゲートじゃだめだ!と念を押され、なんと親切に通してくれました。

ようやく辿り着いた両替所
。しかし、両替は50ドルからだよと突き放されました。

I need rupee!!!!!

もう必死でした。

すると、隣で両替待ちしていた西洋人男性が、いくら必要なんだい?と声をかけてくれました。

Only 10 rupee!!!!

すると彼は持っていた100Rsを私に渡してくれました。

Thank you! Thank you so much!!!!!

そう告げて、握っていた1ドルを渡し、急いで戻りました。

緊張の糸がプツッと切れたのか、涙が溢れ出しました。
人の親切が身に沁みた瞬間でした。

貰った100Rs紙幣を先ほどの係員に突き出すとあっさり荷物は戻ってきました。

空港の入口で見守っていた警備員も荷物戻ったのかい!良かったね!!と声をかけました。
私が手を合わせてナマステと言うと、なるほどNamasteかい!ハハハ!と笑っていました。

喜怒哀楽

これが溢れた一日だったように思います。


あるヨガに関する本には、

行為の結果を求めず、すべき行為をする。
感官の対象と行為に執着せず、全ての意図を手放す。
寒暖や苦楽においても統一した状態でいる。
感官を克服し、土塊、石や黄金を平等に見る。
親しい人、中立者、憎むべき人、善人と悪人に対しても平等に考える。

このようなことが書かれていました。

はい、全然出来てないです、私。

別の先生は、感情は押し殺さなくてもいい。抑え込むとストレスに変わる。しっかりと吐き出してそれを冷静にみること。しばらくすると、同じことが起こっても冷静に対応できるようになりますとおっしゃっていました。

はい、それなら出来そうです。


帰りのトランジットで悪天候に見舞われました。外は霧が濃く視界は悪い。飛行機は空港に着けずに周回していました。
何便かは早々にキャンセルにしているところ、私の乗る便は遅れの文字。可能性がまだあることを頼りに、本を読んだり、ヨガをして一人穏やかに過ごしました。
6時間半後、掲示板には搭乗の文字が!!!
外を見るとあんなに視界が悪かったのに遠くまで見通せる視界。

深夜2時、無事に大阪に着きました。用意されたバスに乗りながら、同じ深夜にデリーに着き、恐怖の高速ワゴン車に乗った時のことを思い出しました。
深夜3時、こんなに快適なら歩こうと梅田から1時間歩いて帰りました。
道路は綺麗に舗装されていて、街灯もあります。タクシーも誰も声をかけてこない。

ほんとうに色んなことを体験出来た旅でした。

経つ前にインドに行って、もう二度と行かない派か、それともまた行きたい派か見極めたいと書きました。

はい!もちろんまた行きたいです!!!
英語ももっとしゃべれるようになって色んな所に行きたいです。
ネパールも大好きになったので、ヒマラヤが望める時期にまた訪れたいです。


この旅で出会えた人々に心から感謝します。本当にありがとう。


おわり。
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